父は教師でした。
他にも、心理と、町会の事、ピアノを弾いて、
武道、華道、茶道、書道、もやっていました。
画家さんもよく来ていました。

父の離れの家に、毎日大勢のお客様、生徒さん、お弟子さんが来ていて
父はみんなに優しそうな笑顔を配っていました。

家のハジからハジまでで町名が変わるくらい広い家で
小1.2年のころかな?私はひとりぼっちな気持ちがして、押入れや蔵の中に入って探しに来てくれるのを待っていました。
来ないんだけど・・・。

私のお父さんなのに、みんなが積極的に父に関わって仲良くする。
私も近くに行っていいのかな?みんながしたいことできるよう私は遠慮する。
など、接し方がわからず寂しかったかもしれません。
寂しかったとわかったのは大人になってから。

小学校の担任の先生に聞いたことがあります。
お父さんには敬語で話すの?
それとも友達言葉がいいの?
どっちが可愛いがってもらえるのか、真剣に悩んでいました。

お客様方が帰った後、
父のあぐらの足の上にちょこんと座っているのが好きでした。
父の弾くピアノを聴くのが好きでした。

こっそり父の離れに行った時
授業でやるらしい「長嶋茂雄さんのモノマネ」の練習をしていました。
普段は無口な父には想像しなかった、長嶋茂雄さんのモノマネ!
笑いを取っていたのかな〜?ひょうきんなのかな?

幼稚園の頃、父が仕事で通う学校にくっついていくのが好きでした。
兄弟4人だけど、私一人くっついていくんです。
学校のストーブの上でお弁当を温めました。
父のお弁当箱の絵は「のらくろ」です。

休日は、ナナハン?というらしいバイクにも乗っていました。
「父曰く、モテたんだって」
本当かな?母とはお見合いでお婿さん。

みんなに愛されていた父
みんなを平等に愛していた父
みんなに教えて、時に笑いもとって。
私は寂しかったけれど・・・。

思春期には寂しくて反抗して
「お父さんなんてお父さんじゃない」と言ったって
父と私は顔がそっくり!

そんな父に会いたい思いが時々湧き上がってきます。
父みたいな人に会った時、認められたい気持ちも湧いてきます。

たかちゃんへ・・・で終わっていた手紙。
父はなんと書きたかったんだろう?
ずっとわからないまま。
関わりたい時にはもう居ない。
きっとこう書きたかったのかなって、続きを想像したりします。

生まれ変わってまた会えたら
見守られている中で、安心して、子どもらしい子どもで遊びたい。

そしていつか父と同じように、みんなに愛を注ぎたい。
「自分らしく生きていい」ことを伝えていきたい。

父の想い出