昨日は、神谷町駅からすぐのところにあります光明寺でTemplさん主催で
タイ・スカトー寺の副住職をつとめていらっしゃる、
日本人僧侶プラユキ・ナラテボーさんをお招きして
「いのちの対話・あるがまま受け入れた先にいのちの動きが見えてくる」に参加してきました。

プラユキ・ナラテボーさんに実際にお会いして、
その笑顔とお声に、ありのまま受容される感覚を覚えました。
お会いしただけで、心身がほぐれていくような感覚でした。

お経は、私は初めて聞くもので
とても優しいリズムで、柔らかな心地いいエネルギーに包まれました。

そして「手動瞑想」という瞑想を教わりました。
目は開けたまま、手を、パッ、パッ、と動かす瞑想でした。

動かす手は、昨日の手ではなく、未来の手でもなく、今ここの手。
パッ、パッ、とリズムで動かしていると、
思いが過去や未来に行っても、一旦置いたり手放して、今に戻れるから不思議です。

動かしている手のリズムが、
「フィルターを手放しながら生きて行くリズム」のような感じがしました。
時に辛いことがあるけれど、それもきっと、あるがまま、より大きな存在になるためなんですね。

今日から手動瞑想を日常でやっていきます。
手を動かすでなくても
歩く時に、一歩、一歩、
食事の時に、一噛み、一噛み、
今あるがままを感じていく、など使い方あるそうなんです。

初対面の方との「いのちの対話」もとても楽しかったです。
Facebookで前から会いたかった心理学の同校の先輩に思いがけなくお会いできました。
私は、お写真で見ているだけで、なんとなくありのまま受容される感覚があったので
こちらもとても感激いたしました。

プラユキ・ナラテボーさん