「パートナーを助けたい」と思う気持ち。

助けたい気持ちが、相手に伝わらなくて、つらくなった時に。
助けたい気持ちの奥にある気持ちを書いてみました。

  

幼い頃の気持ちを、何十年も経って、気づいてあげられる時があります。
「助けて欲しかった」
「気づいて欲しかった」
「助けてあげることができななかった」
「見捨ててしまった」

 

幼少期にできた「助けて欲っかった」という癒えていない心の傷。
それが、パートナーもそうであるように見えて
自分のことを後回しにして、辛そうなパートナーを助けようとしてしまう。

 

幼少期にできた「私をほっとかないで、気づいて欲しかった」という癒えていない心の傷。
それが、パートナーもそうであるように見えて
大丈夫だよ、気づいているよ、とお知らせしたくなる。
「ほっといてよ」と言われても、ほっといたら寂しいだろうと思ってしまう。

 

過去にできた「私は、大切な人を助けられなかった」「失敗した私は無価値なんだ」という癒えていない心の傷。
それが、失敗した自分は価値がない。だから価値があると自分を守りたい。という気持ちや
見捨ててしまったという後悔や罪の意識で自分を責めていたりします。
こんな思いは、心の奥にしまい込んで忘れてしまった未完了な感情があったりすると、パートナーを助けることが目的になっているために
目的が達成したそのあとにパートナーと一緒に幸せになっているイメージが湧きにくかったりします。

 

こんなに思っているのに、相手が遠ざかっていく…ということになってしまうのは、とてもとても辛いですね。

 

自分の中にあることが、相手がそうであるかのように、見えてくる現象があります。
自分がしてほしかったことなのか、
パートナーがしてほしいことなのか、
見分けがつかない状態になります。
不思議なもので、相手のためにしているつもりでも、自分のためにしたことは、相手に届きにくいです。

 

愛だけで助けたいのか、
自分を映し出して助けたいのか、
自分の無価値感から助けたいのか、
両方なのか、
よくわからなくなってしまうこともあります。

 

私は、自分のことを助けないで、相手を助けようとしたときに、病気になりました。
「自分のことを助けなさい。助けを求めているのは、あなたなのよ」と、
神様が教えてくださったと思いました。

 

自分の感情なのか、パートナーの感情なのかを別けてみるために、
「どうして助けたいの?」と自分に聞いてみましょう。

そして
与えることに偏っている人は、助けを求めることと、受け取ることと、自分を愛することにも意識を向けてみましょう。
第一に、まず自分のことを助けることを最優先にして傷を癒し、

自分のことを理解し受け入れ、ゆるし、愛し、あふれた愛で、
あなたが与える時の相手をイメージして、相手が笑顔になったり喜ぶ声をあなたが感じられる人に与えましょう。
同時に受け取ることもできます。

投稿者プロフィール

さとう誉子
くれたけ心理相談室 新宿支部で心理カウンセラーとして活動しています。
『あなたのこころに光が差し、笑顔でいらっしゃいますように』
精一杯サポートさせていただきます。

さとう誉子の公式サイト

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